momoのキルト

令和元年8月13日からこちらに移転しました。 宜しくお願いします。

母の一周忌

ご無沙汰しております。息子です。

 

まず初めに、前回のブログ記事に温かいコメントをくださった皆さま、本当にありがとうございました。母のことを気にかけてくださる方がいること、言葉を寄せていただけることが、私にとって励みになりました。きっと母も、喜んでくれていたことと思います。

 

タイトルの通り、母が亡くなってから、今日でちょうど一年が経ちました。一周忌法要は、母の誕生日である5月15日にすでに執り行いましたが、一年という節目は私にとって特別なものであり、何か言葉を残しておきたいと思い、こうして筆をとっています。

 

とはいえ、どこまで書けばいいのか、と少し思い悩んでもいます。こうした記事を書き慣れていないこともありますが、この一年を振り返ると、本当に様々な出来事があり、言葉にしきれない思いもたくさんありました。前回のブログでは気持ちに整理がつかないこともあり、あまり経緯を綴る余裕がありませんでしたので、今回は当時のことを少しだけ振り返ろうと思います。

 

母が救急搬送されたのは、私が上高地から帰る道中のことでした。2024年7月27日に母が投稿している通り、その日は穂高の山を登る予定でしたが、あいにくの悪天候により登山を断念し、一日早く帰路につくことになりました。

 

そしてその帰り道、ちょうど高速道路を走っている最中に、「お母さんが病院に運ばれた」と父から連絡があり、そのまま車を走らせて病院へ直行しました。休日の夜だったこともあり、すぐには処置に入れなかったようですが、私が病院に駆けつけ、母の顔を見たその直後に、手術室へと運ばれていきました。あまりにぴったりのタイミングだったため、わざわざ自分の到着を待っていたのかと、思わず姉に問いかけてしまったほどです。

 

手術が終わったあと、数回の面会が許されました。詳しいことはここでは控えますが、母はこの時点ですでに、ほとんど意識がない状態でした。それでも、私が語りかけると、反射的に目を大きく開き、涙を浮かべました。あのときの母の表情は、今も褪せることなく記憶に深く残っています。

 

そして、それから数日後の2024年7月30日に、母は亡くなりました。奇しくもその日は、父の誕生日でもありました。葬儀では、会場を母のパッチワーク作品で彩りました。葬儀社のスタッフの方々も、これほど故人への想いがあふれる式は見たことがないと、言葉をかけてくださいました。

 

その後、まるで母のあとを追うかのように、愛猫のさくらが10月5日(土)に、きなこが11月27日(水)に旅立ちました。二匹とも、母がとても可愛がっていたので、「寂しくなって、一緒に連れて行ったのかもね」と、家族のあいだで話していました。

 

私自身のことを書かせていただくと、一年が経った今でも、正直なところ、母の喪失を完全には受け入れきれているわけではありません。ふとした拍子に母の記憶が蘇り、そのたびに数え切れないほどの後悔や、言いようのない悲しみに襲われ、胸に苦しさを覚えます。

 

それでも、母の死は、私にとって死生観を深く見つめ直すきっかけにもなりました。人生は、自分が思うよりもきっと短く、その限られた時間の中で、自分はどんなことにチャレンジしたいのか。残された時間を何に注ぎ、そしてまた、母の期待に恥じないように生きるにはどうすればよいのか。そんな問いを、日々、自分自身に投げかけるようになりました。

 

今になって思うのは、最後の最後まで、母は私の成長を促してくれたのかもしれない、ということです。私は、いつも甘えてばかりで、自分本位な考え方しかできていなかったように思います。そんな私に向かって、「限られた人生を無駄にせず、悔いのないように、自分の足でしっかりと歩んでいきなさい!」と、そう背中を力強く叩いてくれたような気がしています。

 

母が旅立ってから一年、埋まらない穴を感じる一方で、少しずつ、母のいない日常を受け止められるようにもなってきています。どこかで見守ってくれている母をがっかりさせないよう、自分なりの人生を歩んでいければと思っています。

 

また、何かの折に、こちらのブログに投稿させていただければと思っています。

お知らせ

いつも母のブログを見ていただき、ありがとうございます。息子です。

 

突然のご報告となりますが、7月30日(火)に母が他界いたしました。享年67歳でした。約半年にわたり病気と闘いましたが、最後は家族に囲まれて息を引き取りました。

 

わたし自身、あまりのショックでまだ気持ちの整理がついていない状況です。それでも、母が遺してくれたものをこれからも大切に守り続けることが、母への供養とともに感謝の気持ちを表せるのではないかと感じています。

 

今後についてですが、このブログは母が生前、大切にしていたものの一つです。母の思い出や言葉が詰まったかけがえのないものですので、ブログサービスが続く限り、このまま残していきたいと思っています。

 

また、母がどこかで見てくれていると信じて、母への想いや近況などを、心の整理がついたときに投稿させていただければと思います。

 

最後になりますが、これまで母の投稿を楽しみにしてくださっていた皆さまに、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

上高地のライブ映像に手を振る君に涙する夏の早朝

息子(33)の 備忘録です。

 

7月26日(金)夜20時

長野県へ向けて出発した 息子(33)と、親友のヒガ君(33)

7月27日(土)早朝(6時50分)

駐車場から タクシーで 上高地に行くようです。

7時35分

「絵はがきかっ!」って 美しさ。

毎回、パソコンで観ていましたが

今年は、テレビの大画面で観ました。

今夜は「唐沢」でテント泊して

明日は、奥穂高に登るようです。

神様に呼ばれた人しか行けない長野県 戸隠(とがくし)神社

息子(33)の話です。

7月12日(夕方)~15日まで

長野県へ登山旅行に行った息子です。

 

1日目は、登山。

2日目は、軽井沢、戸隠神社 へ行ったようです。

私に、お守りさん を買って来てくれました。ありがとう!

戸隠神社は、すごいパワースポットらしいです。

神様に呼ばれた人しか行けないとかなんとか。

息子は私に似て運がいいな~。

 

左の「七宝まり」は 今日完成した物です。

今日も皆さまが心身健全でありますように

いつか 君の Fじぇー に 乗る日まで

息子(33)の話です。

今まで、私の車を使っていた息子(33)が

とうとう 自分の 車を買いました。

おめでとう!

 

車種は、トヨタ F J クルーザーです。

もう~「戦車か!」ってくらい 大きな車です。

実は、ナンバーが 私の車と 同じです。

そうです!(何が)

この数字は 私の 誕生日 なんです。

 

息子、どんだけオカン好きやねんww

私はまだ1度も乗って無いので 

早く元気になって乗りたいです!

 

話は変わり、

「ドランカーズパスのベビーキルト」完成です。

横92センチ X たて92センチ

一応、上下があるので「タグ」を付けました。

左手のマヒが出た時は、完成は無理だと思いましたが

自然治癒力のおかげ様ですね。ありがとう!

息子(33)が 昨夜(12日)から 長野県へ行きました。

車中泊をして今朝(なんとか山に)登山に出掛けました(独りで)

 

どうかすべての登山者が無事に下山できますように

手縫いでちくちくゆっくり進める心地良さ

以前から作っている「ドランカーズパス」のベビーキルト。

松山敦子さんの生地を使っています。

1辺は、6,5㎝ です。

どんどん繋げます!

ボーダーは、11㎝ 付けました。

ここまで手縫いです。

裏地は「こっとんこばやし」 

3層にして 安全ピンで しつけして、

ミシンで キルティングします。

あと少し、楽しみます。

今日も皆さまが笑顔の1日になりますように

食べれなくても生かされている中、インド刺繡リボンポーチ作ってみた

もう、3週間くらい(固形物)を食べてない。

家族も、主治医も、本気で

心配してくれて 有難いったらありゃしない。

 

今日は、自分の「足」を見て おどろいた(息子撮影)

体重も、20キロ 減った(癌はそんなもんです)

話は変わり、

地味~に「インド刺繡リボンポーチ」を作っていました。

横20㎝ X   たて10㎝ 20㎝ ファスナー使用

横15㎝ X たて10㎝ 16㎝ ファスナー使用

横15㎝ X たて10㎝ 16㎝ ファスナー使用

このくらいの サイズ感が 好きです!

明日も良い日になりますように